安心して老後を過ごすために。今から始める終活のやさしい始め方
退職後の生活に慣れてきた頃、ふと「将来のこと」や「もしもの時」について考える機会が増える方もいらっしゃるのではないでしょうか。特に「終活」という言葉を耳にするものの、何から手をつけたら良いのか分からず、漠然とした不安を感じているかもしれません。
終活は、決して縁起の悪いものではありません。むしろ、残りの人生を自分らしく、心穏やかに過ごすための「人生の棚卸し」であり、大切なご家族への「思いやり」の形でもあります。この「人生設計の引き出し」では、複雑に考えがちな終活を、やさしいステップで一つずつ紐解いていきます。
終活とは?人生を整理し、未来を整えること
終活とは、人生の終わりに向けて、自分自身の希望や情報を整理し、残された方が困らないように準備をしておく活動のことです。具体的には、以下のような目的があります。
- 自分の希望を明確にする: 医療や介護、お葬式、お墓に対する自分の考えをまとめておくことで、いざという時に自分の意思が尊重されやすくなります。
- 家族の負担を軽減する: 大切な方が亡くなった後、残されたご家族は悲しみに暮れる中で、様々な手続きや決断を迫られます。終活をしておくことで、ご家族の精神的・物理的な負担を大きく減らすことができます。
- 人生を振り返り、整理する: 自分の人生を振り返り、大切なものや不要なものを整理することは、心の整理にもつながり、前向きな気持ちで残りの人生を過ごすきっかけになります。
ステップ1:気持ちの整理と「エンディングノート」の活用
終活の第一歩は、ご自身の「気持ちの整理」から始めるのがおすすめです。まず、自分の人生を振り返り、「どんな風に生きてきたか」「これからどうしたいか」「大切な人に伝えたいこと」などを思いつくままに書き出してみましょう。
この時に役立つのが「エンディングノート」です。エンディングノートには法的な効力はありませんが、ご自身の希望や大切な情報を自由に書き残しておくことができます。市販のものもありますが、手持ちのノートで自由に作成しても構いません。完璧を目指さず、まずは気軽に、書きやすいところから始めてみましょう。
エンディングノートに書いておくと良いことの例:
- ご自身の基本情報: 氏名、生年月日、血液型、持病、かかりつけ医など
- 医療・介護の希望: 延命治療の希望、終末期の過ごし方、入居したい施設など
- 資産の情報: 預貯金、不動産、保険、有価証券、借入金など(金融機関名、口座番号などは詳細に書かず、保管場所を記すだけでも構いません)
- デジタル資産の情報: パソコン、スマートフォン、SNSアカウント、オンラインサービスなどのIDとパスワードの管理方法
- 葬儀やお墓の希望: 葬儀の形式(家族葬、一般葬など)、呼んでほしい人、お墓の希望(永代供養、樹木葬など)
- 大切な人へのメッセージ: 感謝の気持ちや伝えたいこと
[図1:エンディングノートに書きたい情報の項目例]
エンディングノートは、一度書いて終わりではなく、気持ちの変化や状況の変化に合わせて、見直したり書き加えたりしていくことが大切です。
ステップ2:大切な人への思いを伝える「遺言書」
エンディングノートとは異なり、「遺言書」は法的な効力を持つ書類です。ご自身の財産を誰にどのように分けるかを法的に有効な形で意思表示したい場合に作成を検討します。
遺言書にはいくつか種類がありますが、一般的には以下の2つがあります。
- 自筆証書遺言: ご自身で全文を書き、署名、押印する形式です。手軽に作成できますが、形式に不備があると無効になる可能性や、偽造・変造の恐れがあります。保管場所も重要です。2020年からは、法務局での保管制度も始まり、紛失や偽造のリスクが軽減されるようになりました。
- 公正証書遺言: 公証役場で公証人が作成する形式です。費用はかかりますが、法律の専門家が関わるため、内容の有効性が高く、紛失や偽造の心配が少ないのが特徴です。
遺言書は、残されたご家族が相続で揉めることを防ぐためにも非常に有効です。複雑な財産がある場合や、特定の財産を特定の人物に遺したい場合は、法律の専門家(弁護士や司法書士など)に相談することをおすすめします。
ステップ3:資産の整理と管理
ご自身の資産状況を把握し、整理しておくことも終活の重要な要素です。預貯金、不動産、有価証券、保険、年金、退職金など、どのような資産がどれくらいあるのかを一覧にしてみましょう。
また、近年ではパソコンやスマートフォンの中にあるデータ、インターネットバンキングの口座、SNSのアカウントなど、「デジタル資産」も増えています。これらの情報も、パスワードの管理方法や、万が一の時に家族がアクセスできるようにするための情報を整理しておくことが大切です。
具体的な資産の整理方法は以下の通りです。
- 財産目録の作成: 預貯金口座、不動産、株式、保険契約などの情報を一覧にします。詳細な情報(口座番号など)は直接記載せず、その情報が記載されている通帳や証書の保管場所を示すだけでも構いません。
- 負債の確認: ローンや借入金など、負債がある場合はその内容も把握しておきます。
- デジタル資産の整理: 各種サービスのIDとパスワードの管理方法、デジタル遺品の取り扱いに関する希望などを明確にします。
資産整理は、ご自身の財産状況を把握するだけでなく、今後の生活設計や資産運用を考える上でも役立ちます。必要であれば、ファイナンシャルプランナーなどの専門家にご相談いただくこともご検討ください。
ステップ4:お葬式とお墓、身辺整理の考え方
人生の終わりに関する具体的な希望についても考えてみましょう。
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お葬式の希望:
- どのような形式が良いか(家族葬、一日葬、直葬、一般的な葬儀など)
- 誰を呼んでほしいか、呼びたくない人はいるか
- 使用したい写真、流したい音楽など
- 宗教や宗派に関する希望
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お墓の希望:
- 先祖代々のお墓に入るのか
- 新しいお墓を建てるのか、永代供養墓や樹木葬、納骨堂などを希望するのか
- 散骨を希望するのか
これらは、ご家族と話し合いながら決めていくことも大切です。
また、「身辺整理」も終活の一部です。大切な思い出の品、日常的に使っているもの、そしてあまり使っていないけれど捨てられないものなど、ご自身の持ち物を整理してみましょう。無理に捨てる必要はありませんが、ご自身が本当に大切にしたいものを見極める良い機会にもなります。
ステップ5:医療・介護の意思表示
健康なうちに、将来の医療や介護に関するご自身の希望を明確にしておくことは、ご家族の負担を減らし、ご自身の尊厳を守ることにつながります。
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延命治療に関する希望:
- 病状が悪化し、回復の見込みがなくなった場合に、どこまで治療を受けたいか、あるいは受けたくないか。
- 「リビングウィル」と呼ばれる生前の意思表示書を作成することも可能です。かかりつけ医ともよく相談し、自分の意思を明確に伝える準備をしておくと良いでしょう。
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介護に関する希望:
- 将来、介護が必要になった場合に、どのような介護を受けたいか。
- 自宅での介護を希望するか、施設への入居を希望するか。
- 誰に介護してほしいか(介護者の負担軽減策なども含めて)。
また、将来、認知症などで判断能力が低下した場合に備えて、「任意後見制度」の利用を検討することもできます。これは、ご自身が元気なうちに、将来後見人になってもらう人をあらかじめ選び、どのような支援をしてほしいかを契約しておく制度です。
終活は「今」から「無理なく」始めることが大切です
終活と聞くと、一度に全てを完璧にしなければならないと思いがちですが、そのようなことはありません。まずはエンディングノートの気になる項目を一つ書いてみる、不要なものを一つ整理してみるなど、小さな一歩から始めてみましょう。
人生は常に変化しますので、一度決めたことでも、後から見直したり変更したりして構いません。ご自身のペースで、楽しみながら、時にはご家族と相談しながら、ゆっくりと進めていくことが大切です。終活を通して、残りの人生をより豊かに、安心して過ごせるよう、この「人生設計の引き出し」がそのお手伝いとなれば幸いです。